=前回の続き=
記入された数字の意味を考えるよりも次にすべきことばかりが気にかかっていたので、そそくさと部屋を出ました。
再び廊下に立ってみると、先刻は聞こえなかったマイクを通したような声が正面からします。すぐ前には短い階段があり、その階段を上がった先には映画館のような扉が見えるので、どうやら向かいは大教室になっていることが理解できました。
階段を上り、扉を少しだけ開けて中を覗きこんでみると、教室の窓にかかった暗幕が締め切られているのか、真っ暗な中に照明で浮かび上がった演壇だけが目に飛び込んできました。
演壇の左端にはピアノが配置されており、その右横には司会者と思しき女性がスポットライトを浴びて立っていました。壇上の中央付近にも幾人かが立っているようでしたが、そちらには照明が当たってはおらず、目が慣れないせいでよく見えませんでした。
聴講席も見づらいながらもびっしりと人が席についている気配が感じられました。
ここまで観察できたところで、司会者は目ざとく私を見つけ、語り続けていた言葉を切った後、私に向かって手招きを始めました。
普通はこういった状況でツカツカと入って行くのは気後れがするものなのですが、司会者の仕草があまりにも無邪気に感じられたせいで足が自然に前に出ました。
演壇に続く中央の通路を進んで行くにつれ、教室内の雰囲気がとてもリラックスしたものに感じられ、聴衆の中には隣席同士で談笑している人すらいることに気づきました。さらに司会者は着席している人々に拍手を要請したため、教室内はより一層なごやかな空気で満たされました。
演壇の下まで辿りついた私は演壇の下からその女性司会者に軽く会釈をしようと見上げて驚きました。なんと彼女は私の生家の近所に住んでいた同級生だったのです。子供の頃からこのように大勢を仕切るのがとても上手な子でした。結婚したことまでは知っていましたが、その後の消息を家族や友人に尋ねることもなく、こんな彼女にぴったりな職業に就いているとは思いませんでした。ましてやこんなふうに会うことなど、夢にも思いませんでした。
一方、彼女にしてみれば、私は単に遅れて入ってきた聴衆の一人に過ぎないのでしょう。すぐにもう次の仕切りに入るつもりで再び事務的な口調で語り始めていました。多分、私が誰であるのかは気づいてはいないようでした。
さて、それから間髪おかず、私を案内するためでしょう。一人の女性スタッフが私に近づき、彼女の案内で演壇横の出口からすぐ隣の部屋に案内されました。確かに大教室の中は満席であり、私の席など無さそうだったのでそれは当然の措置のように思えました。
=次回に続く=