=前回の続き=
校舎の中ですからその部屋はてっきり教室だと私は思い込んでしまったのですが、学生が着席するような机や椅子が片付けられた様子もなく、がらんとしていました。その代わり、入り口の真向かいにある窓際にはやけに古びた作りのカウンターがしつらえてありました。そのカウンターの中には50がらみの男一人がたたずんでおり、私を見ても会釈するでもなく、興味なさげにこちらに一瞥をくれるだけでした。
部屋の中央に目をやると、背丈よりも少し高くて直径20センチ程度の白い円筒がいくつか縦に置かれていました。よく見ると、円筒は2本一組となって、都合10組ほどが人が通れる程度の間隔で林のように配置されていました。
その円筒の向こう側には件の先輩の他、2、3人の学生が腰を屈めたり、背を伸ばしたりしながら、探るようにして円筒の方を凝視していました。
やがて、先輩はおもむろに内ポケットから白い紙片を取り出し、円筒の中に入れるような動作をした後、代わって黄色いカードを手に取りました。ほんの少しの間、興味深げにそのカードを眺めた後、思い出したように私に目を向け、落ち着いた声でカウンターで1枚200円でチケットを購入するよう促されました。
こうなってみると是非もない私は、およそ客商売とは思えないような鋭い目つきで疑り深げに私を見つめるカウンターの男に向かって近づきました。その男は近くでみると、ますます謎めいており、有名人に例えると俳優の篠井英介に似ている気がしました。
カウンターの前でポケットを探ろうとしたところで、ここへ来るまでのバス賃でちょうど小銭は使い果たしていたことを思い出しました。おまけに財布の中には一万円札しか入っていません。私は少し申し分けなさそうに一万円札を差し出すところ、男は黙って10枚つづりのチケットと釣りの八千円とをよこしました。
いや、一枚だけでいいことを告げると、一枚単位では売らないシステムになっている、その代わりにチケットは無期限に使える旨を妙によく通る声で宣言されました。それもオネエ言葉で…。
さらに続けて、私が最後の客であって刻限も迫っているので早くするように命じるやいなや、部屋からさっさと出て行ってしまいました。
ふと振り返ってみると、事情を飲み込んでいるはずの先輩も私に黙って消えており、この部屋にはいまや私一人だけが取り残された格好になりました。
システムってなんだろう…?
つい10分前には予想だにできなかった状況に置かれた私は混乱しながらも、このまま放り出して病院に向かうことなどは考えもしませんでした。変なシステムで押し付けられたチケットの代金も無駄にしたくありません。
先ほど他の人たちが覗きこんでいたところまでのろのろと近づき、円筒を覗きこみました。円筒のこちら側全体は白ではなく、透明なアクリル板になっています。そのアクリル板製の側面には金属メッシュ板の扉が縦にいくつか並んでおり、円筒は何段かに仕切られていることがわかります。何を収納しておく家具なのかはわかりませんが、ちょっとおしゃれなデザインにはなっています。
透明なアクリル板を通して見える各段の中には白いチケット片ばかりが見えていましたが、中にはまだ黄色いカードが残っている段もあり、早速自分のチケットをその黄色いカードと入れ替えました。
黄色いカードの表面は赤い枠で縁取られており、ちょうど安手の折り込みチラシのような配色でした。奇妙なことに中央には手書きの数字が記入されていました。
=次回に続く=