午後の仕事を辞して、父親の入院している病院まで市バスで赴きました。
病院前のバス停に降り立つと、目の前のロータリーの向こう側、道路を隔てたところに病院の正面玄関が見えます。父親の収容されている病棟はこの病院の外れにあり、いま見えている正面玄関から入ったのでは実質遠回りになってしまいます、このため、すぐに病院の敷地内に入らず、付属している大学構内を抜けるのがいつものルートでした。
大学の構内に足を踏み入れると何かの催し物があるのか、通路の片側には看板がびっしりと立てかけられています。人通りも多く、学生よりも歳かさの男女や子供連れが目だっていました。
この時期に学園祭があるはずもなく、私は左右に視線を揺らしつつ探るように歩を進めると、ある看板の前で立ち止まっているスーツ姿の男性に目が止まりました。
どこかで見覚えがあると思ったら、ここしばらくは会う機会のなかった学生時代の1年先輩でした。軽く声をかけると、向こうは驚いた様子で振り向きましたが、目が合うとすぐに私だということがわかったようでした。
他の土地から当地を訪れていることもあり、ひょっとしたら私と会うかもしれないぐらいの考えはあったのでしょう。あるいは連絡するつもりだったのかもしれません。
「よう、久しぶり…。」
「お久しぶりです。」
「何年ぶりかなぁ…。」
「うーんと、10年は経っているでしょうかね。お元気でしたか。」
などと、型どおりの挨拶を交わした後、看板の横に開いた校舎への入り口を指差し、一緒に入らないかと誘われました。
学生時代にはこのようにこちらの事情も聞かない唐突な誘い方などしない人でしたが、これから見舞う父親の容態は安定しており、懐かしさも手伝って、私も少しぐらいならと承諾しました。訊けば、彼には複数の同行者がおり、先に入った彼らを追っていたところだったそうです。
私はこれまで何回もこの校舎の前を通っていましたが、中に足を踏み入れるのはこれが初めてでした。そのせいでやや気後れしている隙にズンズン入っていく先輩に置いていかれる格好になりました。入ってすぐ左手にある教室に入る姿だけはかろうじて確認できたのであわててそれに続きました。
=次回に続く=